小室みつ子 / 映画とかドラマとか戯言など

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『日の名残り』

★★★★★

 先日WOWOWを何気なく見ていたらやってました。懐かしい作品です。大好きなジェームズ・アイヴォリー監督作品。1993年作……てことはもう13年前なのですね。 アンソニー・ホプキンスエマ・トンプソンも若い…。そして不幸な事故で首から下が不随になったまま亡くなっていったクリストファー・リーブが、スーパーマンの頃と変わらないたくましく元気な姿で、アメリカの若き政治家として出演しています。


 完璧な作品です。第2次世界大戦勃発前、ナチスに友好的な一イギリス貴族の屋敷で、様々な重要人物が集まり、とても外部には漏らせないような会談をしている。その屋敷に従事する執事たちや女中たちから見た日常。イギリスの歴史の一部。原作がすばらしいのもあるでしょうけど、アイヴォリー監督の演出、脚本、そして役者たちの演技、すべてが完璧と思う。


 執事の矜持、ここに刻まれりという感じです。人に仕えるという仕事の重さ、忍耐強さ、そして時に自分の人生をも犠牲にして他人に仕える残酷さも、この映画はすべて描いてくれてます。年老いた父が執事として働けなくなる時も、その父が貴族たちの会食中に亡くなる時も、密かに愛する女中頭が、耐え忍ぶ恋にたまらず部屋で慟哭しているのを見る時も、アンソニー・ホプキンスは決して自分の気持ちを見せない。それどころか冷ややかな一言で対応してしまう。…でも心の中での拘泥は並々ならぬことがひとりで部屋に篭る彼の姿に映し出される。


 昔見た時はそこらへんのストイックさがカッコいいなと思って見ていたけれど、自分が年齢を経てから再び見てみると、エマ・トンプソンとアンソニー・ホプキンズのあまりにストイックで耐え忍ぶ恋の様がもどかしく、最後の最後まで苦しくて、見ている自分がもだえている…。私にはあんな耐え忍ぶことなんてできません。好きな気持ち隠せないし…。


 結局、スティーブン(アンソニー・ホプキンス)は執事としての役割を全うして、自分の人生をなくしている。愛する人に愛すると言えず、家庭も築かず、戦後ナチスに加担したと裁判で有罪になって失意のまま死んでいった貴族に最後まで仕え、その貴族をうやまっていた。実際、ナチスに騙されてはいたけれどその貴族自身は善意の人であり、召使たちへの配慮もあるいい雇い主ではあるのだけれど。


 そして壮大な屋敷に新しい主人がやってくる。戦前に唯一、晩餐の時にイギリスの貴族政治家たちを「アマチュア」と非難したアメリカの政治家が新しい主人というのも皮肉ではあるけれど、ある種の贖罪になっているとも言える。主人の政治的傾向や晩餐会で交わされる会話に決して口を挟まず、聞かないふりをして、何も知らないふりをして生きる執事。しかし、どこかで気づいていたはず。ナチスに傾倒する主人やイギリスの政治家たちの意見にも間違いや疑問がたくさんあったことを。それでも最後まで主人を敬って仕えていた執事にとって、主人に対して反対の意見を言っていたアメリカ人政治家に仕えるというのは、少しだけホッとできたのではないのかなと思うので、そこで彼にとっての贖罪となっていると思うのです。


 彼は、愛する女性と尊敬する主人がいなくなった屋敷で、新しい主人に仕え、そしていつか自分の父親のようにそこで老いていく。執事の鑑のような人生は、ひとりの人間としてはあまりに孤独で悲しい…。他の人生を選べなかった彼。でも矜持を胸に死んでいくのでしょう。


 監督ジェームズ・アイヴォリーの去年の新作『上海の伯爵夫人』がもうすぐ公開されます(たぶん、そうだったはず)。1928年生まれというからもうかなりのお歳だけれど、まだ作品を作ってくれてるのは嬉しい。アメリカ人でありながら、イギリスを描かせたらこの人ってほどに美しい映像でほんもののイギリスを見せてくれる。貴重な監督です。『日の名残り』、やはり名作です。