小室みつ子 / 映画とかドラマとか戯言など

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「犬神家の一族」

★☆☆☆☆


 12月29日。私めの誕生日です。いつものように夫と映画デート。『エラゴン』と『犬神家の一族』(市川崑監督セルフリメイク)を見る。とりあえず『エラゴン』はおいといて、(他にもクリスマスに見た『硫黄島からの手紙』の感想も書きたいと思いつつ時間取れてないまま。これもおいといて)、『犬神家の一族』は今すぐ書かねば!と思うくらいすごい衝撃でありました。


 横溝ものは高校時代に読み尽くしたくらい大好きなので、横溝シリーズの映画はすべて見ているはず。30年前の映画をセルフリメイクする意味とはなんだろう??という興味で見に行ったんだけど……思わぬ展開に。


 以下ネタばれ


 後で知ったことですが30年前に書かれた脚本そのまま使ったんですね…。で、リメークといいながらほとんど変わってない。金田一の登場からノリから撮影方法まで…。90歳を越える市川崑が何を表現したいのか…と真面目に見始まるも冒頭から私め、思い切り違う方向に引っ張られてしまいました。


 なんという予定調和的わざとらしい演出なんでしょう。まあそれは味として見ることはできるんだけど…。台詞や間のぎこちなさがどうにもこうにも気になる。そして、冒頭ホテルから金田一が湖を見ていると松島奈々子がボートに乗っているのが見える。そのボートが沈んでる!さあ大変と金田一ホテルから飛び出して助ける。「ボートに穴が開けられてますよ!」と金田一が言うと、ボートの底に10センチくらいの大きな穴があってぼこぼこ浸水してます。…穴大きすぎだって!!!湖の真ん中行く前に気づくだろ普通!…と、ここでいきなり私め爆笑。即効で夫にきつーい裏拳一発を額にお見舞いされました。「声がでかいって!」と。


 …んなこと言ったっておもしろすぎなんだもん。で、今度は犬神家の屋敷内のシーンになると冒頭で死んだ犬神家の爺さん(仲代達矢)の写真見てまた爆笑!思い切り作った表情でにらみつけてる写真。コント??あんな作った表情して写真に写らないだろー。ましてや床の間に飾る写真じゃないだろー。仲代達矢がネタで撮ってもらったような写真。漫画みたいじゃないかああああ(爆笑)。で、また夫に裏拳入れられて怒られる…。それからはハンカチを出してそれを噛んで、歯を食いしばりながら笑いを殺して見る羽目に…。お陰でずっと涙出っ放し。


 笑っちゃいけないとは思うのだけど、一度「コント?ギャグ?」と思ってしまうともう笑いが抑えられない。思い切り私の笑いのツボに来るシーンばかりなんだもの…。死体の出し方がもうダウンタウンのコントとしか思えない。菊人形に据えられた生首、思い切り作りもんでころーんと転がり、血糊は今時使わない明るい赤インク。…くらくらするほど昔の映画。でも今年作られた映画ですよね。市川組はカメラさんからメークさんから小道具さんまで30年前と一緒???せめて死体くらいもう少しリアルにしてほしかった。それともあの作り物バレバレがいいのか……。


 もう途中から私は市川崑が自己パロディのギャグ映画を作ったに違いないと思ったほどです。だって笑いのツボ心得てますよ。爆笑を抑えられないシーン続出。


 奥菜恵が恋人のことを探しに行くシーンもすごい。屋根裏に来て「鼠じゃないんだからこんなところにいるわけないじゃない…」とつぶやいた傍から、いきなり天井の窓に張り付いてる死体の顔(それも目を見開いている)のアップ。やっぱりダウンタウンのコントでしょ、これは!! 浜ちゃんが「鼠やないんやから、こんなとこにおらへんやろが」とぶつぶつ言いつつ屋根裏に来ると、天上の窓から死体のふりした松ちゃんが張り付いてるようなもん。死体が映された途端また爆笑…(映画館にいた人たち、本当にうるさくてごめんなさい。かなり声を出さないように苦労してたんですが…。次から次へとあり得ないような演出で笑いのツボにずぼずぼ入ってしまい、もう私、ハンカチ噛んで声を抑えて体中震わせながら涙ぼろぼろ流して見てました…)。


 さすがに夫も笑っていたのは、尾上菊之助が愛する松島奈々子のところに会いに来て、「もう一度だけ君に会いたかった」と舞台ノリの演技で抱きしめ、だだっとドアに向かって出て行こうとする瞬間、思い切りわざとらしく落とす手紙を見た時でした。はら…と落ちたそれには「わが告白」って書いてある。落とし方がおもしろ過ぎるーー。で、「わが告白」なんてー大仰なタイトルのわりに、中身三行くらいしかない。だいたい読まれる前に本人が捕まって告白してるし…意味無し…。


 で、湖から足が突き出たハイライトの死体発見シーンもすごい。警察がボートで近づいて引っ張り上げるのはいいんだけど、死体の顔が汚れているんで刑事が「顔がわからない!」と叫ぶと、警官たち、逆さのままの死体の頭部を湖の水に入れ直してジャブジャブしちゃう。いや…顔見るのは検視の時でいいじゃん。大事な証拠ジャブジャブしたらだめでしょーが。まあ、ここのシーンだけは監督も笑いを取るつもりで作ってるところみたいなんで、ここで笑うのは映画的にはOKだと思いますが。


 とにかく映画館で何度も笑っていたのは私ひとり……。何故。不思議だ。これが三谷幸喜カメオ出演してましたが)演出ってなっていたら、みんな爽快に笑っていたはず(と思う)。笑いが憚れるのは市川崑という「名匠」と呼ばれる人の演出だから?そして名匠の最後の作品になるかもしれない映画だから? それは十分にわかっていても、一度コントにしか見えなくなってしまった私は最後までひとり笑い死にしそうなほどウケてました…。ああ、でもめちゃくちゃ楽しかったですよ!!!こんなに楽しませてくれるとは…。笑いに行ったわけじゃないのに。


 しかし…セルフリメイクの意味はいったいどこにあったんでしょう…。脚本もほぼ同じ。演出も撮影も変わらない。金田一がフケをばら撒く演出も全く同じ。唯一、老齢の監督が、きっと万感の思いを込めて撮ったのだろうなという最後の最後のシーンだけは私もしんみりしました。金田一が村を去っていく時にふと振り向いて会釈する時の表情。何か、映画を見ている人たちに向かっての会釈に見えたし、本当に最後の別れみたいな表情に見えた。監督の気持ちがいろいろ込められているんだろうな……と思える石坂浩二の表情でした。


 ただ…私は市川崑監督の映画を見てほとんど感銘を受けたことがないのでイマイチみんなが礼賛するのが理解できてません。鈴木清順みたいなアートの域に達するような耽美的形式美があるわけでもなく、深作欣二のような乾いた暴力性があるわけでもなく、あくのないわりと凡庸な演出で大作映画を撮る監督という認識しかない(市川ファンの方には叱られそうですが)。もちろんその長い長い映画人生に対しての敬意はあるのですが…。しかし、この『犬神家の一族』は……。監督が意図してギャグとして自己パロディを作ったのなら最高の映画だと思います。


 というわけで映画としては「???」だらけでした。あまりにもすべてが古臭いし、流れがぶちぶち切れるなんともぎこちないシークエンスは素人映画みたいだし、レールやクレーン使ってるはずだろうにぶれるカメラとか、見る側の想像力を締め出すような身も蓋もない直接的な編集(特に死体の出し方)とか、謎なところがいっぱい。でも役者さんは楽しめました。富司純子が未だ美しく、存在感があってよかった。万田久子も美しい。草笛光子はさすが語りが時代劇調でいい感じ。大滝秀治はいつものように味があるし深田恭子はかわいい。どうしても演技で浮いて見えたのは松島奈々子と奥菜恵。ふたりともとても美しい女優さんたちなので目は嬉しいんですけどね。


 老齢の巨匠が心をこめて作った作品だというのに、不謹慎にも笑いのツボにハマって爆笑をこらえ続けてしまったけれど、この映画は私の誕生日のいい思い出になりました。あんなに笑ったの久しぶりです。そして結局のところ大いに楽しんだわけで…。星はひとつしかつけてないけれど、横溝ものと市川崑が好きな人はもちろん、カルト的なものが好きな人たちにとっても、見る価値がある映画だと思います。