『硫黄島からの手紙』
★★★★☆
- 出版社/メーカー: ワーナー・ホーム・ビデオ
- 発売日: 2007/04/20
- メディア: DVD
- 購入: 3人 クリック: 74回
- この商品を含むブログ (162件) を見る
クリスマスに見たのになかなか感想が書けないまま今に至ってます。映画はどんなに社会的テーマを扱った重い映画でも、娯楽要素は必ずあるし、見る側もそれを期待して見ていると思います。私自身、重い映画は好きなほうなのでたくさん見てきましたが、この『硫黄島からの手紙』だけは、娯楽として見られなかった…。どうしても、日本人である自分を意識から消せないどころかがんがん喚起させられるし、映画の中で死闘している兵士たちが、自分の国の先人たちなのだという思いが強く迫ってくる。なので、映画を見るといういつもの姿勢と違う自分がいました。
何より驚いたのは自分の反応。今まで見てきた戦争映画で、戦場の現実やむごさを見て感じる気持ちは普遍的なものでしかない。ああ戦争なんて本当に嫌だ…とか、兵士たちに対しての様々な気持ち。なのにこの映画では、今まで映画を見ていて感じたことのない、湧き上がったことのない、ある感情に突き動かされました。それはまさに日本人としての感情…。
映画が始まって間もなくしてから涙が止まらなかった。最初はあの時代の日本人(特に若者)が徴兵され選ぶこともできないまま戦場に行かされ、まともな訓練も受けないまま死ぬ運命だった事実のつらさと彼らへの同情の涙でした。硫黄島で日本軍が敗退することは知っているというのに、2時間、あまりに悲惨で一方的な負け戦を見せ付けられ続けて、いつの間にか私の涙は「悔し涙」に代わっていました。
以下ネタばれあり
飛行場がある硫黄島を手中にすれば米軍はそこから日本本土へ爆撃できる制空権を握れる。日本軍ももちろんそれを承知だから硫黄島を死守するのが使命。…しかし現実は、硫黄島の戦いの前にすでに連合艦隊はサイパン沖で壊滅。大本営は硫黄島が大事と思いつつも死守することはほぼ諦めていて、本土決戦のために硫黄島から戦闘機をすべて撤収。岩だらけで何もない硫黄島に残されたのは、軍部から疎まれていた軍部のエリートで留学経験のある国際人栗林中将やバロン西と、彼らを「アメリカかぶれ」と陰口をたたき反発を覚える幕僚たち。そして若き兵士たち。そして武器はわずかな対空砲とマシンガンとライフルと、動かない戦車。武器弾薬はかなり乏しく、水や食料の確保も難しい。
片や硫黄島に向かう米軍の戦力たるや、何十隻の軍艦・空母、そして戦闘機。岩山の塹壕からふと外に出てすぐ目の前の海に浮かぶ無数の米軍戦艦を見て、元々パン屋で徴収された一兵卒の主人公のひとりはただただ呆然とする。あの風景を見た途端、圧倒的に差のある米軍の戦力に打ちひしがれる。勝てるわけのない戦い。米軍は5日で制圧できると踏んでいた。
それが結果として1ヶ月以上も戦闘が続いたのは、ひとえに栗林中将の考案したゲリラ戦ゆえ。それまでの日本軍の戦い方からすればあり得ない方法で幕僚たちの反発は当然あり、中将の命令を無視して、集団自害やら万歳突撃で玉砕してしまう者もいた。…でも、私が兵士であの硫黄島の戦いにいたら、やっぱり同じように自害か玉砕を願ってしまいそう。水も食料もなくなった山の洞穴の中での戦いは、一日命が延びれば延びるだけ苦しみが増す。それより早く死んだほうが楽。だけど栗林中将はそれを許さなかった。
栗原中将は兵士たちに無駄死にを禁止させ、最後の最後まで戦うことを選び、万歳突撃ではなくゲリラ的な敵陣地への攻撃をしたりして抵抗した。硫黄島の戦いはこの点で画期的な戦いだったようですが、当時の軍部はあまり感銘を受けなかったとパンフレットに書いてありました。陸軍と海軍が敗戦濃厚の段階になってもいがみ合い協力や連携を拒んでいるところとかも「聞いてはいたけど、ここまで仲悪かったとは…」と驚きました。
とにかくあまりにつらい戦い…。米軍に一矢報いるシーンさえなく、日本軍はただただ行き場を失い敗退していく。それを見て「こんな負け方なんて…悔し過ぎる……」と悔し泣きしながら見ている自分に気づいて驚きました。ああ、やっぱり日本人なんだなあ。私の中にも帰属意識というのがあるのだなあと…。そういう意味では、この映画は映画としてというより、日本人にとって心にいつまでもしまっておきたい映画だと思いました。想像を絶するつらい戦いをして死んでいった先人たちは、今の日本を見てどうおもうのでしょうね…。私たち現代の日本人は彼らの死の恩恵を受ける価値があるのだろうか…と、ふと思ったり。
『父親たちの星条旗』から比べると、予算も少なそうだし映画的にはあまり凝ってはいないです。硫黄島に張り巡らされたトンネルのセットもちょっとちゃちいし、戦闘シーンは前のほうが圧倒的にすばらしかった。それでも最初の頃の米軍の空襲シーンは迫力ありましたが。圧倒的数の戦闘機が低空飛行してきて爆弾投下。基地はあっという間に壊滅状態になる。投下された爆弾が次々と爆発するシーンは圧巻。
そして、兵士たちの回想に出てくる日本本土での様子も興味深い。私が一番ぞっとしたのは、民間人の家が夜ノックされ、玄関を開けると赤紙を持ってくる兵士と共に「愛国婦人会」というタスキをかけたおばさん数人が立っていて、赤紙に動揺している夫婦に向かって顔を近づけ、「おめでとうございます。私たちも夫や息子を戦場に送り出しました。お国のために活躍してくださいね」と憑かれたような顔で微笑むシーン。…これが一番怖かった。
まさに宗教じみたようなシーン。当時の日本人たちはこういう様々な社会的圧力を受け、マスコミや政治的プロパガンダに翻弄され、戦争に向かっていたのだなあと改めて思いました。でも当時の人たちにとってはどうしようもなかったことなんだろうなとも思う。私は戦後民主主義の洗礼を受け、戦争をした先人たちは大きな間違いを犯したと教えられ、徴兵もない。そんな現代に生きる私が当時の日本人たちをジャッジできないし、したくない。ただ……あの愛国婦人たちには寒気を感じました…。
憲兵たちの横暴も少し出てきましたが、兵士たちにも嫌われていたんですね…。犬が殺されるところがとっても嫌だった…(人間より動物が殺されるほうが胸が痛くなる歪んだ私…)。まあ戦争末期や戦後は食料不足で犬も食べ物にされていたかもしれないけれど…。
クリント・イーストウッドの演出は思ったほど日本を勘違いせず、とてもうまく演出されてたと思います。ところどころ「??」というところはあったけど…。特にバロン西が負傷したアメリカ兵を手当てさせるまではいいんだけど、部下の前でその米兵に英語で親しく話しかけ、世間話をし、にっこり笑って手を差し出して握手するところとか、米兵が死んだ後に部下の前で米兵が握っていた母親からの手紙を日本語に訳して読み上げるところとかはかなり違和感ありました。夫も同じところが気になったらしく「あんなほろりとする手紙を部下の前で読んだら士気が思い切り下がると思うんだが…」と言ってました。確かに。「ああ、アメリカ人だって自分たちと同じ誰かの息子で、心配して待ってる親がいるんだ…」って、部下たちがほろっとしちゃいますよね(実際映画ではあれでみんなしゅんとしてた)。戦う気持ちが萎えてしまう。あと、個人的に、バロン西に関しては他の俳優さんがよかったな…(あの俳優さんはアメリカでも演劇活動してたのでもう少し英語がうまいのかと思ってましたが…。渡辺謙のほうがずっと発音がきれいでうまい。あと演技もあまり感銘を受けなかった…すみません)。
圧倒的によかったのはほぼ主人公と言ってもいいくらいの配役だった二宮和也。目がいい。表情がいい。演技もとても自然。あの子の存在だけでもこの映画がかなり良くなってると思う。『父親たちの星条旗』のライアン・フィリップと対になる位置の役どころ。どちらも若く、世間を知らないまま地獄のような戦場に送られ、あまりに多くのものを見てしまって、それを心で処理しきれずに様々な感情にどう対処していいのかわからない、幼くて戸惑った眼差しをしていたのが心に残る。
映画としては『父親たちの星条旗』のほうが出来がよかった。でも、私の中では、この映画は、描いた対象ゆえ日本人としての心を大きく揺さぶる特別な映画に収まりました。改めて、平和で豊かになった日本に生まれたことを感謝し、過酷な時代を生きて死んだ人たちすべてに対して謙虚な気持ちで頭を垂れる思いです。ハリウッド資本で、イーストウッド監督によって映画化されてよかったなと思います。