小室みつ子 / 映画とかドラマとか戯言など

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 『シンデレラマン』 

★★★★☆

シンデレラマン [DVD]

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 【ネタバレあり】


 ラッセル・クロウ三昧。去年…あれ?今年かな。この映画見て、もうぼろ泣きでしたよ。監督が『アポロ13』など実話ものなら手堅く撮ってくれるロン・ハワード。アメリカの恐慌時代に実在したボクサーの話です。恐慌前までは上り調子でスターにほぼなりかけていたルーキーだった若いボクサーが恐慌時代に突入して怪我のせいもあってボクサーとしても落ちぶれてしまう。一気に転落する人生。本当に貧しくて貧しくて暖房もないボロ屋で妻と子供を養おうと、日雇いの仕事も毎日探しに行く。しかしどこに行っても仕事にあぶれた労働者ばかり。結局一銭も稼げずに家に帰る。悲しげな顔で入ってくる夫を、それでも飽くまで優しく耐え忍んでサポートする妻。その妻役のレニー・ゼルヴィガーが美しい。『ブジリット・ジョーンズ』のあの太い体はどこいっちゃったの??ていうくらい華奢で美しい。


 特にトリッキーな展開もなく、話も大げさではなく肌理細やかに時代と彼と彼の妻の姿を実に堅実にまっとうに撮った映画なので、人によっては退屈かもしれません。でもただのボクサーのサクセス・ストーリーではなく、恐慌時代に絶望のどん底にいたアメリカ国民、特に労働者たちが自分たちの祈りや夢をひとりのボクサーに託し、彼自身もそれを背負ってリングに立つところがこの映画のテーマ。彼の戦いは彼ひとりの戦いではなく、家族のためでもあり、労働者のためでもあり、アメリカそのもののためでもある(彼自身は自覚していなくても、時代がそうさせた)。その労働者たちの苦渋に溢れる時代背景が肌理細やかに描かれているので、日雇いをしてリングに立ついちボクサーへの期待は、労働者ひとりひとりの再起に繋がる象徴であり光であることがよーくわかる。

 
 そして相手はどんな汚い手でも勝つ、殺人マシーンのようなボクサー。何人も試合中に殴り殺してる(倒れかけた相手の後頭部殴ったりしちゃうんですよ)。そのフィルムを見て凍りつくラッセル・クロウ。だけど彼は家族のためにリングに立つ。試合の演出はすばらしかったです。私なんて我を忘れてのめりこんで見ていて、ほとんどリングサイドで観戦してる気持ち。ローブローとか入ったりしたら「うわっ」とか声出してしまって、夫にこづかれるくらい気持ちが入り込んでいた。そして恐慌時代に絶望を抱えつつ生きる人たちが町中でラジオにしがみついて聞いているところなんかも泣けます。


 オチまで書いちゃいますが、見事に殺人ボクサーにKO勝ちをして、街中の労働者たちに歓喜の涙を流させた彼は、まず何をしたかというと、貧しくて食えない時にもらった政府からの生活補助金を保険庁みたいな事務所の窓口まで行って、札束でまとめて返すのです。返す必要はないお金なのに…。そのお金を必要としている別な人たちに遣って欲しかったんでしょう。


 そしてインタビューでそのことについて聞かれると、「国の補助で私は生活ができた。今の僕はもうそのお金は必要ないし、国に返すのは国民として当たり前のことだ。この国はすばらしい国だ。私たち労働者を見捨てずに救ってくれる。私はこの国を信じている」みたいなことを言うのです…。なんという誠実さ(見る人によっては愚直と言うかもしれませんが、私はこの言葉に泣いた)。今は絶滅したかもしれない勤勉で正直者で古き良き時代の良心的アメリカ人そのもの…。アメリカの社会はいろいろ深刻な問題は抱えているけれど、こういうたまにハッとさせるような理想主義を見ることがある。アメリカの理想主義と良い意味での保守的な愛国心は、こういう映画ではぐっと来ます。ロン・ハワードは恐らくそういう面も描きたかったんだろうなと思いました。これはつらい恐慌時代においても自国を信じ続けたいちアメリカ国民の物語でもあると…。


 この最後のシーン見て、ああ、ロン・ハワードって保守派の人かもしれないと思った。リベラルな人たちが多いハリウッドにも、もちろん保守派な人たちがいる。クリント・イーストウッドとか、シュワルツネガーーとか、ひょっとしたらリドリー・スコットも保守派のような気がしてます。ハリウッドのリベラルさはいいところももちろんあるんだけど、たまに行き過ぎた感のあるちょっとヒステリックなリベラルにはちとひいてしまうことがあります。マイケル・ムーアなんてリベラル超えて、私の中ではキ○ガイのたぐいにしか見えませんから(て書くと反発されそうですが。でもマイケル・ムーアに関しては言っておきたいことがあるんで、いつか書いておきたい)。


 それはともかく。この映画の、古き良き時代に誠実に生きた男。現代には存在しえないほど純で模範的な倫理観を持った男、優しい夫であり正しい父でもある男、ラッセル・クロウは本当に自然に演じてます。そして、何度も何度も見ていて涙ぐんでしまった夫婦愛。ああ、こんな夫婦でありたい…と思わせてくれる。つらい時も苦しい時も共に生きる……まさにそれでした。ぜひ見てほしい映画です。